エディット・ルジェ楽曲分析講座&コンフェランス開催報告
去る10月27日、日仏現代音楽協会の主催による「エディット・ルジェ楽曲分析講座 & コンフェランス」が、江古田のスタジオ1619において行われました。エコール・ノルマル音楽院作曲科教授でパリ国立音楽院の名誉教授でもあられるエディット・ルジェ女史をお招きしての今回の講座には、早くから多くの関心が寄せられ、会場は30名近い聴講生の方々で一杯になりました。
第1部では、戦後のヨーロッパを代表する作曲家のひとりであるピエール・ブーレーズの室内楽「漂流Ⅰ Dérive I」の楽曲分析が行われました。曲の構造のすべての根幹である、パウル・ザッヒャーの名に拠るSACHER音列や、「増殖 prolifération」,「ハーモニック・フィールド champs harmonique」,「滑らかな時間/節目のついた時間 temps lisse/temps strié」といったブーレーズ音楽のキーワードをもとに、作曲の背景から記譜上の特徴、さらに形式から細部の構造へと丁寧に読み解いていく分析はきわめて明晰で、楽曲の成立ちが鮮やかに解き明かされるのを目の当たりにする、大変に刺激的なひとときとなりました。分析のあいだではふたつの演奏録音の聴き比べが行われたほか、ルジェ先生自筆の分析譜も紹介されました。6色に塗り分けられた和音群がひときわ印象に残ります。
休憩を挟んでの第2部の前半では、ルジェ先生がその学科の創設から携わり、20年以上にわたって教鞭を執られたパリ音楽院の「20世紀のエクリチュール(音楽書法)」クラスについて、どのような理念のもとに作られ、またどのような授業が行われているのかをご紹介いただきました。エクリチュール教育の長い伝統があるパリ音楽院では、ある時代のスタイルや作曲家の書法を高度に修得することが求められます。ともすれば学生自身の創造性を損なうおそれがあるエクリチュール教育から、自発的な創作への橋渡しを目的とするこの学科は、今では作曲家を志す学生たちに大人気のクラスとなっているそうです。もっとも、現代的な書法を踏襲したエクリチュール作品と純粋な作曲行為との線引きは非常に難しく、聴講の方からも模倣とオリジナリティの問題について鋭い質問が投げかけられるなど、議論は大いに白熱しました。
第2部の後半では、ルジェ先生ご自身のピアノ曲「Fleur d’opale オパールの花」についてお話しいただいたあと、会員の大須賀かおりさんが曲の見事な演奏を披露してくださいました。限られた時間の中では先生の多岐にわたる創作活動を十分にお話しいただくことは叶いませんでしたが、ピアノ作品の持つ鋭敏な感性で選び取られた音響と溌溂としたエネルギーを内包するダイナミックな展開からは、ルジェ先生のスケールの大きな世界がはっきりと感じられたように思います。 その後の質疑応答でも聴講の方々から次々と熱心な質問が寄せられ、まだまだ議論は尽きない様子でしたが、名残惜しくもここで閉会の時間となってしまいました。常に明晰かつ平易な言葉で現代音楽の特徴と魅力を語る先生のお話は、専門的な知識を持たずとも、広く知的な好奇心を刺激する内容であったかと思います。
貴重な講座の開催を快く引き受けてくださったエディット・ルジェ先生、企画の実現にご尽力いただいたアンサンブル室町の芸術監督ローラン・テシュネさん、そして会場にお越しくださいましたすべての方々に、心より御礼申し上げます。 (事務局 台信 記)